英語の早期教育は早いほどメリットがある?

2-1. 初級者から脱出できる英語
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英語学習早期化の流れは必然だから?

2011年を初年度に小学校5年生から英語の授業を導入された子供たちが、2019年、「さぁ、英語力はどれ位上がったでしょう?」と、中学3年生の全国学力テストとして検証がなされました。

頭のいい誰かが考えた「聞く」、「読む」、「書く」、「話す」の4技能の早期学習開始策が、日本人の英語力向上に役立ち、グローバル人材を育成する基礎を作るという流れになるだろうという思惑が、本当にその通り成し遂げられたのかが検証された結果です。

それぞれの平均正答率の結果は、

「聞く」…68.3%
「読む」…56.2%
「書く」…46.4%
「話す」…30.8%
(機材トラブルや、不参加校も多数あるため、「話す」のみ参考値)

あなたは、この結果をどう捉えるでしょう?英語の早期学習開始化は是でしょうか?非でしょうか?

個人的な結論は、 めちゃめちゃ声を大にして言いたいです!

早める事だけを目的としてしまい、その結果、逆に英語嫌いを増やすな!

この章では学力試験の結果を踏まえて、今の英語学習早期化の目的自体が誤っているのではないか?という疑問についてあなたと一緒に考えたいと思います。

そもそも先生が英語を教えたくないんじゃない?

あなたは、ある日突然、「じゃあ明日から小学生達に英語を教えてくれる?4技能をまんべんなくお願いね」と言われたら、どうしますか?

今、英語を教えなくてはならなくなった小学校の先生たちは、正にこんな状態なんだと思います。

2019年に放映されたあるニュースの特集では、小学校の先生が大手英会話学校に集合し、合同研修を受けている様子を伝えていました。それを見た個人的な感想は、ただ一言です。

酷すぎる…

先生たちは、この時点で小学生に英語を教える為の知識もスキルも持っていないのです。無資格で教えていると言っても差し支えないでしょう。

インタビューを受けていた現役先生の一人は、「子供に英語を教える自信はありますか?」という問いに対して、「0%です…」と答えていました。

他の年配の男性教諭は、「I don’t… 暑いのも寒いのも嫌いです」と、途中から日本語でした…。

こんな先生から『英語の第一歩』を教わった小学生が、中3になって「聞く」で68.3%も、「読む」で56.2%も正答している事は、むしろすごいんじゃないかとさえ思えてきます。

何十年も前の時代と比べて、今はALT(Assistant Language Teacher)と呼ばれる外国語指導助手も多数配備されていますので、一見恵まれていると思われます。

しかし、よくよく深堀りしてみると、英語のネイティブスピーカーだから英語を教えられるというのは、イコールではない事に気付きます。

そもそも自国での教員免許がないTESOLなどの語学教師の資格を持っていない語学教育の訓練すら受けていない、というこちらも無資格のアシスタントがほとんどだそうです。

制度のLaunch(開始)を急ぎ過ぎた余り、肝心の教える人の育成、確保が間に合わなかったというのが現状ではないでしょうか?

そもそも格差社会の弊害じゃない?

小学生の生きてる世界って、学校の中と周囲何㎞が全てですよね?だから、その限られた範囲で起こる出来事が、圧倒的に自分自身に影響するわけです。

もし、その狭い世界の中で劣等感を持ったらと考えたら、大抵の子供はただでさえ小さいその世界に居づらくなってしまいます

日常的に、足が遅い、太っている、算数が苦手など、あちこちにコンプレックスを抱えているのに、更にもう一つ「英語」というやっかいな教科の登場により、子供達のストレスの元が増えているのではないかと危惧します。

それは何故かと言うと、親の教育熱心さによって、得意不得意がよりハッキリと生じてしまう科目だからです。

子供の教育に熱心な親は、幼児の段階から子供英語教室などに通わせて、少しでも英語に慣れさせようとします。

小学校の先生とは異なり、英語を語学として教えるトレーニングをしっかり受けてきている講師によって、子供は楽しく英語に触れながら、4技能を学んでいきます。

試しに自分の周りにいる小学生達に習い事は何してるの?と聞いてみてください。

かなりの割合で英会話という答えが返ってくるはずです。それ位、日本では産業として幼児英会話教室は人気があります

では一方、そうした英会話の習い事に行っていない子供達はどうでしょうか?

残念ながら、日本では日常の中で自然と英語の4技能に触れる機会は圧倒的に少ないのが現状です。

その結果、小学校5年生になった時に、英会話の延長ですんなりと授業に入っていける生徒と、ほぼ初めてちゃんと英語を学び始める生徒では、スタートラインにおいて差が生じてしまいます

後者の生徒の正直な気持ちは、話せと言われても話せないのが恥ずかしいから、そもそも先生の言っている事が分からないからといった理由で、英語を嫌いになる時期が、ただ単により早くなってしまうだけな感じが拭えません

もちろん、この資本主義の競争社会において、皆が平等という事はありません。

有名大学に入る為には、学校以外でより高度な受験テクニックを学べるかどうかという、親の経済力に依存した現実がある事も認めざるを得ません。

ただ、その格差社会の原理を公立の小学校教育にまで波及させていいものかどうか?個人的には是ではありません。

結論~そもそも英語は手段~

海外に長く暮らす身として、そもそも英語は手段であり、目的ではありません。

このブログ全体を通して繰り返し触れていると自覚していますが、それ位根本的に大切な事です。

もう一度言います。
自分の意見やアイデアを、英語を話す相手に自分の言葉で伝える為の手段が英語です。

よって、小学校で英語を教え始めるのであれば、日本語を理解できない相手に自分の意見を伝える為に、英語を使ってどう話せば伝わるかを練習しよう、というスタンスであるべきだと信じます。

子供は、自分の考えを話すのが好きな生き物です。モチベーションはあるはずです。

その為には、基礎的な構成も知らなければならないし、英語の発音や文法のルールを知る事が、まず第一歩として必要になります。

それなのに現状では、中途半端に話す事に重点を置きすぎるあまり、全ての基礎となる文法教育がおざなりになっているという、知識を習得する為の順番において逆転現象が起きているのではないかと考えます。

これからは話すことに力を入れる、いやいやこれまで通り文法習得に力を入れ続けるという、単純かつ極端な二元論でいいはずがありません。

子供達が世界中に自分達の意見をしっかりと伝える為の武器としての英語であるべきという、そもそも論が必要なはずです。

真のグローバル人材育成とは何か?を導き出した大人の答えが、子供の英語嫌いを早める、という結果だけで終わっていいはずがありません。

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